お知らせ
東日本大震災と脳卒中
2011.08.02 [ 井林院長MonthlyTale ]
110802 8月朝礼訓示 #1108
平成20年4月から始めた毎月の Monthly Tale のうち、新幹線のなかで拙稿を書くのはこれで3回目のような気がしています。今回は日本脳卒中学会(STROKE 2011 at Kyoto)の帰りの新幹線の車中で書いています。本来、STROKE 2011 は3月下旬に東京である予定でしたが、ご承知の東北大震災/大津波の発災のために延期され、この時期ですので電力不足その他の事情も考慮した末、一年で最も暑いこの時期に京都国際会議場で開催されたのでした。会期(7/30〜 8/1)直前には、韓国ではソウル、我が国では新潟や福島などが豪雨・土砂崩れ・洪水による水害に見舞われたり、さらに会期中には東北関東地域を中心に比較的大きな M 5.0 の余震が生じたりで、本当に大変な災害の年になってしまいました。
今年の脳卒中学会では、画像診断の最前線、TIAの新しい概念と対策、抗凝固療法のパラダイムシフト、アジア人の脳卒中などの合同シンポジウムの他、脳卒中専門看護師の登場に合わせて脳卒中リハビリテーションに関する看護プログラムも設けられ、欧米のごとく多職種の集う大規模な学会に近づいて来ている感がありました。昨年末には脳卒中対策基本法の制定も正念場を迎えていたところでしたが、3月の大災害の影響でそれどころではなくなり、替わりに今回は学会の特別企画として、「大震災と脳卒中」と題したパネルディスカッションとそれに引き続く記者会見が催され、学会として発表された声明文を印象深く聴講しました(次頁参照)。
この度の天災/人災によって、大勢の方々が家や親族を失い、仮設住まいしながら多くのストレスや不自由を我慢し、循環器疾患や心の病で苦労されている様子が、宮城や岩手を中心とした脳卒中専門医の先生方からスライドを交えて伝えられました。高血圧が非常に多く、数ヵ月遅れて様々な脳・心を主体とする循環器疾病が噴出してくる可能性、十数年に及ぶ被災地の方々のsurvey(しかもバラバラに居住を余儀なくされている被災者も少なくないので、実際の調査は難渋しそう)を誰がどのような形で主導しまとめて行くのか等々、これから多くの問題が山積されていることが浮き彫りになりました。東北大学医学部の学生が、ボランティアの方々を評して、吉田兼好(兼好法師)の言葉を引用されていたそうです。「まことの人は、智もな く、得もなく、功もなく、名もなし。誰か知り、誰か伝えん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より、賢愚・得失の境にをらざればなり。」、、、忘れかけていたというか、もとより備わっていない自分のことが急に恥ずかしくなりました。一方で、興味本位や行政から押し付けられてのボランティア活動は、むしろ被災された方々にとっては迷惑な場合も少なくなく、地元の人達が地元の方々を助けられやすいように間接的にアシストすることが今の時点でもまだまだ重要なのだと考えさせられました。安易な行動や手助けのみでは、こちらの気持ちに余裕がない限り、中々誠意が伝わりにくく、真の意味での癒しや助力にならないであろうことも重々承知すべきでしょう。当院をはじめ個人でも義援金という形で応援を寄せた皆さんも多いことと思います、一日も早く有効に配布され現地で役立てて戴ければと願うばかりです。博多の祇園山笠や京都の祇園祭は7月に終わったばかりです。今年はそれどころではないだろうと、危ぶまれていた東北4大祭り(青森のねぶた:8/2〜、秋田の竿燈:8/3〜、仙台の七夕:8/6〜、山形の花笠:8/5〜)も、この8月上旬からそれぞれ例年通り開催されることに決まったそうです。少しずつ元気を取り戻して行きましょう、日本全体で前進あるのみです!
STROKE2011 日本脳卒中学会
http://www.stroke2011.jp/schedule/index.html
東日本大震災を踏まえ脳卒中予防の体制整備で声明発表
公開日時 2011/08/01 05:02 AM
日本脳卒中学会(理事長:小川彰氏・岩手医科大学学長)は7月31日、京都国際会館で開かれているSTROKE2011の中で、記者会見し、「東日本大震災にかかる日本脳卒中学会声明」を発表した。早ければきょう8月1日にも管直人首相(官邸緊急災害対策本部長)に提出する。
声明では、被災者を取り巻く生活・健康環境が悪化しており、被災地住民の血圧が上昇していると指摘。血圧値の上昇と脳卒中の発症率との相関が示されていることから、脳卒中多発地域としても知られる東北地方の脳卒中発症の増加について警鐘を鳴らした。
その上で、「『日本の国民病』と称される脳卒中が被災地で増加することを看過することは出来ません」とし、政府に対し「速やかな『被災者の生活・健康環境の改善』と『強力で有効な脳卒中予防体制の整備』を強く要望する」とした。
日本脳卒中学会の小川彰理事長は、記者会見で、脳卒中の実態を把握する調査が必要とした上で、調査の実施には被災者の負担を伴うと指摘。「調査だけでは片手落ちなので、調査と同時に、脳卒中発症予防のための栄養や生活に対する介入、高血圧に対する治療、服薬指導、保健指導を含めた総合的な対策が必要であろう」と述べた。「避難所の環境は劣悪だが、仮設住宅に移っても解決しない問題もある。ちゃんとした生活ができるような介入を政府としてやっていただきたい」と政府に対策を求めた。
体制整備については、地域中核病院に全国からの人的支援を集中的に投入することが必要との考えを示した。これにより、「中核病院の医師に余裕ができ、被災地に行くことも、開業することもできる」と説明。地元の医師による“顔が見える”医療を実現することが、脳卒中の発症など“二次災害”を防ぐ上でも有用との見方を示した。
◎被災地での高血圧は6割に 求められる対策
被災地住民を対象にした観察研究により、震災後に血圧値の上昇がみられることも分かってきた。記者会見に先立って開催されたセッション「大震災と脳卒中」で、岩手医科大学医学部内科学講座神経内科・老年化分野教授の寺山靖夫氏が報告した。
研究では、40歳以上の被災地住民1453人(避難所入居者1040人、自宅入居者は395人)を対象に、岩手県三陸海岸沿岸の避難所を巡回し、問診、身体検査(血圧・体温測定)、血液検査(末梢血、血液生化学、血液凝固。HbA1cなど)を行った。期間は、3月23日~6月23日までの3カ月間。平均年齢は64.9±11.8歳。
その結果、収縮期血圧から高血圧と診断されたのは60%に上った。内訳は、Ⅰ度高血圧(140
~159mmHg)が33%(458人)、Ⅱ度高血圧が20%(272人)、Ⅲ度高血圧(180mmHg以上)が7%
(91人)。降圧薬を服用している患者でも、収縮期血圧値が140mmHg以上の人は74%(Ⅰ度高血圧:37%、Ⅱ度高血圧:27%、Ⅲ度高血圧:10%)を占め、「通常よりもかなり高い頻度」(寺山氏)だった。
また、収縮期血圧値、拡張期血圧値ともに3カ月間持続して高い値で推移しており、これが「3カ月以降の脳出血の患者の増加に非常に関係があるのではないか」と寺山氏は指摘した。
一方、D-dimerについては、地震直後に高い値を示す一方で、時間とともに有意に減少した(2カ月後、3カ月後ともにp<0.001)。静脈血栓塞栓症(DVT)の有病者数も時間経過にしたがって減少していることから、D-Dimerは「閉塞性脳血管障害の良いマーカーとなる可能性がある」とした。
そのほか、LDL-C値が有意に増加していることなどから「避難所にいるすべての方が脳梗塞になりやすい傾向になっている」と指摘し、国をあげての観察研究の実施をはじめとした対策の必要性を強調した。